それがジャズと出会うきっかけだったのですが、それ以上に私に衝撃を与えたことが高2の時に起こりました。親がニューヨークに転勤になり私は寮で独り暮らしをしていたのですが、父親にジャズを聴くようになったことを伝えたら、ジャズを聴くのがブーム、みたいな世代の父は喜んでニューヨークのブルーノートに連れていってくれたんです。その時弾いていたのが、何とチック・コリアというすごく有名なジャズピアニストで、ものすごく感化されて。
人生初のジャズライブが、ニューヨークのブルーノートでチックコリアのライブ、というのは本当に贅沢ですね!
そうなんです。それで日本に帰ってきて自分で色々と探して、代々木にあるNARUという小さいライブハウスに通うようになりました。そこでミュージシャンの人とも仲良くなって、これ聴いたらいいよ、とCDを貸してもらったり、色々とライブに連れていってもらったりしました。大学に受かったらジャズ研に入りなさいと言われて、東大に合格して入学する前から本郷キャンパスのジャズ研の部室に出入りしていました。
高校の頃はまだちゃんと弾けなかったので、ひたすら浴びるように聴いていました。渋谷にSwingというジャズ喫茶があって、そこのマスターが、学生でお金ないんだからここでたくさん見てろと言って大画面で色々なレーザーディスクをかけてくれて、コーヒー飲みながらずっと見ていました。自分でも弾くようになったのは、大学でジャズ研に入ってからですね。
ジャズ研では、教えてもらうというよりも、一緒にセッションをする感じですか?
ジャズ研は先輩たちが弾くのを横で見ながら、ああ、こうやるんだ、と真似していく感じです。学食の上にピアノとドラム、ベースなどが置いてある部屋があって、みんなで演奏したり、文化祭で演奏したりしていました。
ジャズを弾くのにも、小さい時クラシックピアノをやっていたことが役立ちましたか?
もちろんです。クラシックやってないと、弾けないですよね。基本、クラシックから少し「はずしてる」みたいな感じなので。クラシックをやらないでジャズでピアノを弾いている人もいますが、本当に例外的だと思います。
就職してからは、ジャズとはどのような付き合い方をされていますか?
ジャズは、ピアノを弾ける行きつけのお店が何軒かあって、何だかんだで月1回は行っているかな。家にピアノがないので、弾きたくなった時に行ったり、人を連れて行った時に弾いたり。弾きたくなるのは、酔っぱらった時ですね。クラシックは酔っぱらうとうまく弾けないけれど、ジャズは心の叫びですから、酔っぱらって余計なことを考えなくなった時の方が、うまく弾ける(笑)。あとは、ライブを聴いた後に、弾きたくなりますね。
ベンチャービジネスとジャズマインド
ベンチャーの起業や経営に携わる中で、ジャズピアノと通じるなと思うことはありましたか?
同じピアノでもジャズとクラシックって全然違うところがあって。クラシックは最初から最後までほぼ全部が楽譜に書いてあって決まっていて、どこでどう終わるかも見えている中で、どう弾くかという世界。ジャズの世界は、楽譜を見てもほぼ情報量がないんですね。いきなり知らない人と、何を弾くとかも何も打合せもなく弾き始めて、それを聴いて演奏に入っていけるくらい、初めに決まっていることがほとんどないこともあります。ピアノとベースとドラムがお互いの音をよく聴きながらどんどん自由に変化させて、即興で音楽を作っていくので、その先どうなるか分からない、一期一会みたいなのがあるんですよね。
ベンチャーをやっている自分には、そのジャズマインドみたいなのがすごく合うなと思っているんです。クラシックは、ビジネスの世界で言うと大企業みたいな感じ。かっちりと決まっていて、30代で課長になって40代で部長になって…みたいな、だいたい先が見えているところとか。ジャズはとにかく他の楽器の音をよく聴いて、ベースが変わったから自分も変えなきゃ…と反応して、やり取りの中で自分の音楽を創り出していく。ベンチャーもそういう所があって、自然発生的なものを捉えて動いたり、他の人の動きに合わせてどう変化させていくか、というところがすごく重要になってくるんです。
ジャズの中でも、フリージャズのように何も決まっていないジャンルもあるのですが、私は、全くフリーで何でもOK、というよりは、ある程度の制約がある方が好きです。この枠の中で表現しろと言われる方が、クリエイティビティが出せるというか、秩序だった自由、みたいなものができて面白いと思うんです。そこもベンチャービジネスと似ていますね。

そういう意味では、クラシックも、決まった中でクリエイティビティを発揮するという面で、ジャズと地続きな感じがしますね。
そうですね。小さい頃は、クラシックって決まった一通りの弾き方しかないと思っていたけれど、ある時チャイコフスキー国際コンクールのドキュメンタリーを見て、同じ曲を違う人が弾いたらこんなに違うんだ、決まっているようでこんなに自由度があるんだ、と衝撃を受けたことがありました。
よくクラシックを聴くようになった影響で、ちょうどクラシック回帰をしているところです。先々週はサントリーホールにユジャ・ワンを聴きに行って、今度川崎にサイモン・ラトルを聴きに行きます。オーケストラの指揮者も、単にまとめているだけじゃなくて、二次元の情報を音にして立体的に浮かび上がらせる仕事なんだな、と、そういう目で見るようになりました。
ジャズの一期一会が人とのつながりを生む
経営者として仕事をされていて、ジャズピアノという趣味を持っていてよかったと思う場面はありましたか?
仕事と趣味は全然別なので、ピアノをやっていたから仕事にすごく役立った、みたいなことはないのですが、人と仲良くなる時に、他の経営者だったらゴルフに誘うところを、ジャズのお店に連れて行って聴かせることができるという意味では、ジャズの趣味が生きています。老若男女みんな喜んでくれるし、そうすることで、自分のことをもっとよく知ってもらったり、一緒に盛り上がったりして仲良くなるきっかけになることがあります。
コミュニケーションを深める一つのきっかけになっているのですね。
コミュニケーションと言えば、知らない土地やお店に入って、初めての人とでもいきなりセッションができるところもジャズのいいところですね。最近よく京都に行っていて、そこで素敵なジャズバーを見つけて入ったら上手な人が弾いていたんですよ。その方とずっとしゃべったり、マスターに弾いていいですかって言って弾いて、また弾きにおいでって言われて…と。世界共通言語みたいなもので、リハーサルもいらないし、何弾こうとかも言わずに、弾き始めたらその場でいきなり通じちゃう。知らない町だけれど、そこで友達ができる。そうやって広がっていくのはすごく楽しいですよね。
最後に、岩瀬さんが今のクラシックピアノ音楽業界に求めることを教えてください。
クラシックに限らずあらゆる芸術がそうだと思うのですが、もっと、今まで親しんでこなかった人たちが触れる様々な機会があるといいなと思います。少し前に、経営者たちに声をかけて歌舞伎を見に行きたい人を募って、40人くらい連れて歌舞伎を見に行ったことがあります。そうしていいものを見たら、40人のうち5人くらい続くんですよ。今まで行くきっかけがなかっただけで。誰かがきっかけを作ることで、聴く人も増えてくるので、従来のクラシック好きな人向け以外に、その人たちが関わりやすいような仕掛けとか接点を作って、発信していくといいんじゃないかなと思います。
(2024/10/17 東音ホールにて)
お気に入りの一曲 ドビュッシー:アラベスク第1番 クラシックで好きな曲というと、ドビュッシーのアラベスクですね。自分でも弾きました。ジャズはたくさんありすぎますが、みんなでやる時はIt Could Happen to You、一人の時はビル・エヴァンスのVery Earlyという曲をよく弾きます。◆ プロフィール
1976年埼玉県に生まれ、幼少期をイギリスで過ごす。97年東京大学法学部在学中に司法試験に合格、98年に東京大学を卒業。ボストン コンサルティング グループ、リップルウッド・ホールディングスを経て、ハーバード大学経営大学院に留学。同校を上位5%の成績で卒業(ベイカー・スカラー)。2006年、ライフネット生命保険の設立に参画。13年に社長、18年に会長を経て19年に退任。18年から香港の生命保険会社AIAグループの本社経営会議メンバー兼グループ最高デジタル責任者(CDO)を務めた。20年8月、国内ベンチャーキャピタルであるスパイラル・キャピタルのシニアアドバイザーに就任。23年3月、世界有数のWeb3企業であるAnimoca Brandsの日本における戦略的子会社、Animoca Brands株式会社の代表取締役社長に就任。24年6月、ベネッセホールディングス取締役副会長およびベネッセコーポレーション取締役会長、株式会社カカクコム社外取締役に就任。ダボス会議で知られる世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出された経験も持つ。
取材・文・構成=二子千草
撮影=石田宗一郎
