1950's その2 パリ音楽院主義

ピアノ曲には、それぞれ個性があります。メロディックな作品、ハーモニックな作品、リズミックな作品...。実際には、それらの要素が組み合わされて曲が構成されることになりますが、今回ご紹介する三善晃作曲「ピアノソナタ」は、その全てが非常に綿密に組み合わされた絶品です!ちょうど、ガラス細工や寄木細工、あるいは繊細な絹織物のような感じでしょうか...。一度はまると抜け出せないような強烈な魅力が、そこにはあります。

ピアニスティックな作品

三善晃作曲「ピアノソナタ」。「今まで日本人で書かれたピアノ曲の中でこれほどピアニスティックに完成されたものは少ないだろう」(音楽芸術、1959年4月号)と評されたこの曲は、1953年の日本音楽コンクール作曲部門で第1位を受賞し、作曲家・三善晃のデビュー作ともなった作品です。繊細さと濃厚さを合わせもつこの曲は、生みの苦しみと喜びを同時に味わわせてくれるような、まさに"ピアニスティック"な作品と言えましょう。

職人的作曲法

写真

そのピアニスティックさの背後には、作曲家の持つ高度な作曲技術があります。対位法、和声法、楽式などの様々な作曲的技術を複雑に組み合わせ、最高の音響に仕立てて楽譜に書き込むセンス...。伝統的な技法の習熟の上に自身の個性を乗せていく、という創作スタイルには、どこか伝統工芸品の職人さんに通じるようなところがあるように思われます。

パリ音楽院派

そのような職人的作曲法を追求するグループに、「深新会」がありました。1955年に結成されたこのグループは、東京芸大の池内友次郎教授の門下生を中心とした会で、先の三善晃も所属していました。池内教授は、日本人として初めてパリ音楽院に留学した作曲家。「私が信ずるパリ音楽院の教義に対する共通な信念によってまとめられた」というこの会には、基本的な作曲技法を習得した上で完成度の高いものを究極まで求めるという、パリ音楽院的な態度を持った作曲家のみ、入会が許されたと言われています。

一方の雄

「12音技法によらざるものは現代音楽に非ず」とする12音主義の作曲家たちが、その新技法を掲げてセンセーショナルに活動していた1950年代半ば。その中にあって、ヨーロッパの伝統的な書法を重視して創作を続けた「深新会」の存在は、当時の日本の作曲界において、"一方の雄"とも言うべきものでした。けれども時代の関心が、"如何に"書くかということから"何を"書くかということに移り変わるにつれ、「深新会」の存在意義もまた薄らいでいったと言えましょう。

次回はいよいよ、グループ「実験工房」。武満徹湯浅譲二等の登場です!お楽しみに!

年表

79
滝廉太郎 誕生(~1903)

1880

86
山田耕筰 誕生(~1965)

1890

1900
00
♪滝廉太郎《メヌエット》

03
諸井三郎 誕生(~1977)

07
平尾貴四男 誕生(~1953)

1910

14
伊福部昭 誕生(~2006)
早坂文雄 誕生(~1955)

17
♪山田耕筰《スクリャービンに捧ぐる曲》

1920

21
入野義朗 誕生(~1980)

29
湯浅譲二 誕生

1930
30
武満徹 誕生(~1996)

33
♪伊福部昭《日本組曲》
三善晃 誕生

1940
40
♪諸井三郎《ピアノソナタ第2番》

41
♪早坂文雄《室内のためのピアノ小品集》

46
「新声会」結成

47
「新作曲家協会」結成

48
♪平尾貴四男《ピアノソナタ》

48
「地人会」結成

1950

51
「実験工房」結成

53
♪三善晃《ピアノソナタ》

55
「深新会」結成

57
♪湯浅譲二《内触覚的宇宙1》

58
♪入野義朗《3つのピアノ曲》

1960

69
♪入野義朗《ピアノのための4つの小曲》

1970

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